速電力線搬送通信(PLC)の総務省電波監理審議会での最終結論について

JARL 電磁環境委員会委員長 芳野赳夫

1.高速電力線搬送通信のシステムの始まり

 かねてより審議中の高速電力線搬送通信(PLC)の電波監理審議会(電監審)の最終結論が9月13日に結審しました。
 2001年、小泉内閣の発足に際しITの発展をわが国の将来を決める最重点政策とおき、e-Japan重点計画を策定し閣議決定を経て強力に推進し現在に至っています。その中にPLC通信の設置が含まれ、国家政策として総務省が主務となりその基準の制定に努めてきました。

 PLCの起源はヨーロッパにあり、欧州では一部の国や地域を除き主要電力線はほとんど地下配線で美観を保っている反面、建物は古い石造で古いコンジットパイプに光ケーブルを通すことが不可能なため、既設の配電線に高周波信号を通してIT化を進める苦肉の策を考え出しました。しかし、配電線は50Hz(60Hz)を通すことを目的としており、短波帯のような高周波に対する伝送特性は極めて劣悪で信号の伝送損失が大きく、常時大きな負荷変動を伴うので、負荷変動により発生する線路の不平衡に対応してコモンモード電流による電磁波の漏洩も大きく、従って、2006年になってもこの使用者数は遅々として伸び悩んでおり、既に撤退する企業も現れています。

 しかし、ただ電源コンセントに接続すれば、高速通信が可能との宣伝がアメリカにも波及し、欧州に若干遅れて米国でもホームプラググループ等がこの普及を始めました。
 わが国でも、2002年に総務省の最初のPLC研究会において屋外引込み線系(アクセス系)に対して輸入モデムを用いて実験をおこないましたが、60dBμV/mを越す放射が観測され、同年8月、開発は時期尚早として一旦中止されました。しかし、今後の技術開発(実験)ができるよう法制度の整備が必要との実験を許可する条項が盛られていました。

 その後、総務省では2004年1月にPLCの実験制度に関する省令改正をおこない、高速電力線通信推進協議会(PLC-J)では放射の大きい屋外のアクセス系のPLC伝送をあきらめ、屋内配電線に限り宅内のパソコン、テレビ等の伝送を目的とした宅内PLCシステムを提案し、数社が実験許可を申請し2004年に実験が再開されました。

2.総務省「高速電力線搬送通信に関する研究会(PLC研究会)」の審議経過

 総務省は、2005年1月、PLC推進派、中立学識経験者、反対派から指名した構成員による新しいPLC研究会(座長 杉浦東北大教授)を立ち上げ、実験も含み12月まで激しい討論をおこないました。PLC開設反対派の主流として日本アマチュア無線連盟、日経ラジオ社、国立天文台がメンバーとして加わりました。

 会議は、1月から9月まで、推進側の主張と反対側の主張は全くかみ合わず、このため杉浦座長は座長指導で推進派側がおこなった家庭内コンセントのインピーダンス測定値を利用し、CISPR22に準拠して、実験した中で平衡度が最も劣悪な特性を示した1パーセントのコンセントの平衡度を基準として、LCL=16dBとしました。この場合には当然コモンモードには大きな漏洩電流が発生するが、この値を準尖頭値で30dBμA以下に抑える値を提案しました。PLCは無線通信設備ではなく、あくまでも有線伝送機器であり、計算式は有線路理論から導出しています。従って、PLCは電波法上では高周波利用設備に分類されています。

 昨年夏に杉浦座長は中立派で構成する作業班4名に以来して、有線伝送理論に基づきLCL=16dB、コモンモードインピーダンス=25Ω、コモンモード電流=30dBμA以下の値を用いて、推進・反対派の中間をとる折衷案を提出しました。推進派はLCL値には、全コンセント(約500ヶ所)で測定した値の平均値である38dB程度を予想していたために、彼等にとって非常に厳しい案となり実現不可能として激しく抵抗しました。
 しかし、反対派には、この値は膠着状態から初めて推進派に対し有利な方向に動き出したとして、設定値そのものは大いに不満でありましたがこの案をパブリックコメントにかけることを承認しました。

 この案に対して、11月パブリックコメントがおこなわれ、約1300通の回答がありましたが、そのほとんどが反対で、推進派は厳しすぎるとして反対、反対派は放射電界をもっと低くせよとの反対、そしてPLCそのものに対する反対、何を反対しているのか不明なものがありました。その結果について、総務省は判定を研究会に委ね、研究会では座長案を、次の総務省情報通信審議会に答申案として提出することを承しました。

3.総務省情報通信審議会通信技術分科会、CISPR委員会の審議経過

 総務省情報通信審議会 情報通信技術分科会CISPR委員会、高速電力線搬送通信設備小委員会は、2006年1月に発足しました。ここで、主任は杉浦氏(東北大教授)、同代理は上氏(電通大教授)、指名構成員は13名で、研究会で反対派を構成した国立天文台、短波放送は構成員に入っておらず、JARLから芳野が指名され、その後は孤軍奮闘の態で乗り切ることになりました。

 審議会では、提出された研究会の答申案、およびそれを実現する測定法について詳細に審議しました。芳野は研究会に引き続き漏洩電界の希望値をITUの勧告である静かな田園地帯の値(0dBμV/m〜−10μV/m)になるよう主張を続けました。しかし、杉浦主任は、CISPRは工業規格であり、ITUのように厳密な理論値ではなく、これに準じた実用可能な許容値を決めるものであることを念頭においてもらいたいと再三言明されました。

 以下にCISPR 委員会とPLC小委員会の内容を含め、経過を報告いたします。

  1. 2006年1月23日、CISPR委員会はPLCの許容値・測定法について審議することを承認。
  2. 2月13日、小委員会の設置、主任、副主任、構成員の指名。審議スケジュールの確認、研究会報告案による許容値、測定法の審議、および専門家による草案作成。
  3. 3月6日、草案により審議し、親委員会(CISPR委員会)に提案、関係者の意見聴取決定。
  4. 4月18日、CISPR委員会で7名の意見聴取、小委員会においてその内容に基づく審議の結果、意見を陳述した阪大北川教授の指摘を尊重し、研究会案で欠落していた住宅地域のデータについて、高速PLC設備を実際の家屋に設置して漏洩電波の実測をおこない、その結果に基づいて必要があれば「許容値と測定値」案の見直しをおこなうことが決まりました。
  5. 5月11日、12日、13日、住宅地域における漏洩電界の実測実験。
     北川教授が指摘した数値を確認し、これに基づく実測は、
    11日 埼玉県北本市の鉄筋コンクリート大型10 階建集合住宅、
    12日 神奈川県横須賀市野比の軽量鉄骨簡易住宅、YRC 1号棟、
    13日 茨城県日立市の1戸建て典型的土壁木造2階家屋
      においておこなわれました。
     杉浦主任は、研究会の実験では、主に推進派のデータが採り上げられ、共同観測の場合でも我々のデータが無視される傾向にあることを重視し、この実験では、実験場所の選択、測定機器、データの取得と整理の全てを、中立である独立行政法人情報通信研究機構(NICT)でおこない、見学者は構成員に限られ、測定機器の持込も禁止された状態でおこなわれました。
  6. 5月22日、小委員会で実際の家屋に高速PLC機器を設置しておこなった漏洩電波の測定結果が報告されました。測定結果の概要を記すと、鉄筋コンクリート集合住宅では外壁から5メートル地点における漏洩電界値は全周波数帯域にわたり背景雑音のレベル内にあることが測定されました(データは10メートル換算値)。この場合は外壁から10メートル地点では検出不能で5メートルで測定しました。
     住宅密集地の典型的な日立市内の木造1戸建て民家での実験では、外壁から5メートル地点で2MHz〜15MHzではほぼ背景雑音値と同等であるが、15MHz〜30MHzでは背景雑音値を10dB上回る測定結果が得られました。
     横須賀の測定では、試験家屋が無人で家電機器などが一切存在しなかったこと、環境雑音レベルが田園地帯のレベルに近いことから、外壁から5メートル地点の測定値は15MHz以上で背景雑音を10〜18dB超えていたが、離隔距離を30メートルとすると、ほとんど検出不可能であることが推定されました。
     いずれも中間に電灯スイッチ等の分岐回路の無い直線距離で約5メートル離れた2つの壁面コンセントにモデムを繋いでその間の伝送特性を測定したが、コンクリートの壁面内の配線は、短波ポータブルラジオでトレース可能で、PLCの漏洩電磁放射は配電線によることが実証さました。
     PLC作動時に3MHzと6MHzの日経短波放送は機器から90cm、壁面から50cm離すと、雑音の混信が消え安定に受信できました。この状態でPLC回路の伝送速度は最大20Mbps、実用通信距離は数十メートルでした。
     この結果に基づき、杉浦主任は一戸建て木造家屋からの放射特性から15MHz〜30MHzにおける10dBの背景雑音の超過値を是正するため、研究会の答申案のうちコモンモード電流値を15MHz以上で準尖頭値、平均値ともそれぞれ10dBμA下げる事を提案しました。これに対し推進派は伝送速度が数Mbpsに低下するとして非常に強い反対をおこなっています。この修正案および基本測定回路については、次回の6月5日の小委員会までに、各構成員の意見を提出することになりました。またJARLからは、夜間の背景雑音を考慮してレベルを更に10dB下げることを強く要求しましたが、残念ながら採用は見送られました。
  7. 6月5日、小委員会では各構成員からの修正案について審議した結果、10dB低減する杉浦主任案が支持され、この結果が親委員会であるCISPR委員会において「CISPR委員会報告」として情報通信技術分科会に報告されることが決定されました。

4.情報通信審議会 情報通信技術分科会における審議

 6月29日、情報通信審議会 情報通信技術分科会において杉浦専門委員から6月5日の小委員会およびCISPR委員会の報告がおこなわれました。
 この委員会の構成員からの質問は、再実験の要望と、この報告どおりにした場合の最大通信速度は幾らまで可能かとの質問があり、杉浦専門委員は、努力しても最大5Mbps程度が限度との見解を示しました。

 審議の結果、報告どおり無修正で分科会にて承認され、情報通信審議会長より、総務大臣宛答申書が送付され、以下の審議は電波監理審議会に移ることになりました。

5.電波監理審議会における審議

  1. 7月12日、総務省は電力線搬送通信設備技術基準等の整備のため、無線設備規則の一部を改正する省令案について電波監理審議会(会長 羽鳥中央大学教授)に諮問し、併せてこの省令案に関してパブリックコメントを求めることになりました。
  2. 8月23日、電波監理審議会(電監審)において意見の聴取(聴聞)がおこなわれました。この聴聞に関してJARLでは、6月5日のPLC小委員会で主任から提案された15MHz〜30MHzの漏洩電界の許容値を背景雑音レベルに合わせて10dB下げ、コモンモード電流値を10dBμA下げる案を厳守することを決めておりました。
     これに対し、10dB下げることは、小委員会の中立派の委員からも厳しすぎるとの意見もあり、6月29日の情報通信審議会以降も推進派はこの撤回を強く主張し続けていましたので、このパブリックコメントにおいては、ここでJARLがこの案に対して反対意見を出しても無視されるばかりか、逆に推進派の意見が取り入れられて緩和の方向に動く恐れも強く想定されました。
     研究会における長い議論の末にやっと決まった提言案であるので、あくまで10dB下げる案を守るために、本案に賛成を表明して推進派の緩和意見を封ずる作戦に出ざるを得ませんでした。
     この賛成意見は、短波使用者にとって真に不条理なPLCの普及を阻止するために、研究会、審議会で一貫してPLC反対をとり続けてきたJARLにとって、反対を貫くため最後にとった苦渋の選択でしたが、この背景の真意が充分反映されず、一部の方々から非難の声をいただくことになり残念でした。
  3. 9月13日、電監審は、6月29日の情報通信審議会の答申案どおり高速電力線搬送通信設備の技術基準等に関する無線設備規則の一部改正案を3つの付帯事項を添付して承認通過させ、あとは法制化を待つのみとなりました。

6.電波監理審議会の付帯事項とJARL 

 電監審は総務省内部の審議会のため付帯事項は報道資料には出ませんでしたが、以下にその全文を載せます。

 総務省電波監理審議会の付帯事項

  1. 高速電力線搬送通信設備の設置の許可に当たって、当該申請に係る周波数の使用が他の通信に妨害を与えないと認めるために、必要な場合は資料の提出もしくは説明を求めまたは実地の調査を行う等して慎重に審査すること。
  2. 許可を受けるものに対し無線設備規則第64条の2に基づく処置を講ずる義務があることを周知すると共に、万一混信等が生じた場合に迅速に対応できるよう総務省として態勢の整備に努めること。
  3. 情報通信審議会の答申にもあるとおり、許可した高速電力線搬送通信設備と他の無線利用との共存状況を把握し、必要と考えられる場合には2MHz〜30MHzまでの周波数を使用する高速電力線搬送通信設備の技術基準を見直すこと。また、高速電力線搬送通信設備の漏洩電波に関して無線通信規則、CISPR規格が策定された場合は必要に応じて本技術基準を見直すこと。
 一旦閣議決定され実施を前提とされているPLCに対し、JARLでは研究会、審議会の席上で、再三にわたり、もしPLCが実施された場合に既存無線通信に障害を与えた場合の対処について総務省側に要求し続けました。これに対し、総務省からは電波法第101条等に基づき対処するとの確答を得ております。また、推進派に対しても、極力混信妨害の低減に努力することを要求し続けてきました。この付帯事項は、総務省が研究会、審議会における再三にわたるJARLの要望を明示した結果であるとして喜ばしい次第です。

7.電監審で結審された高速電力線搬送通信機器の問題点

 今後は、JARLは今回の規格により発売される機器について、直ちに購入して実験し、妨害の認められる機器に対して、直ちに対処する体制を既に整えております。
 今回の電監審の答申条項を満たすPLC機器の性能低下の結果、モデムの出力が下がり、その結果、実効伝送距離が十数メートルに低下し、伝送速度も低下して現行で数Mbps程度、今後S/N比の改善など最大の努力をしても5Mbpsが精一杯と思われます。
 この速度では最初にうたわれたハイビジョンの伝送はおろか、音楽伝送がせいぜいと考えられ、この状態では、今日発達を続けている無線LAN等の通信システムにとても太刀打ちができるとは思われません。

 また、漏洩電界を15MHz以上で10dB下げるためには、各メーカーは更に技術開発に大きな出費が強要され、生産に入っても出荷検査のための人件費もかさみ、モデムの単価がかなり高くなることが考えられます。また一軒に最低2つのモデムと、光系外線からの引き込み部に光モデムが必要になり、この値段は馬鹿になりません。
 欧州で普及しない原因の一つにモデム1個の単価が100ユーロ以上のためと言われています。

 更に、現行ではPLC製作者間に互換性が無いので、一軒には1社の機器しか使用できないため、家電機器の制御に用いる場合は、全部同じ会社の製品を揃えなければならない事態が起こります。
 このように、今回、電監審の答申による規制値は、PLC推進側にとって非常に厳しい現状と思います。

 短波通信使用者にとって、混信問題などの問題を含むPLCですが、実験の結果から推測するとコンクリート建築の場合は、かなり混信の影響は低減されることが分かりました。また、木造1戸建て建築では、もし混信が有っても離隔距離を考慮することにより、解決することは可能と確信しています。

 また、アマチュア局の送信電界によるPLCモデム側のイミュニティ対策について、研究会の席上で再三質問しましたが、推進側は、家電機器の規格(10V/m)を満足しているから問題ないと返答していました。
 しかし、アマチュア局の1kWの送信アンテナの近傍の放射電界強度は3メートル離れて3.5MHz帯では300V/m以上になるので、今年4月に入って推進側からの要望があり、4月11日から3日間にわたり雨の降りしきる中で実際に1kW局を開設して実験をおこないました。
 その結果については推進側からデータの報告は未着ですけれども、かなりの強電界に曝され、推進側にとって新たな問題が加わったこと思われます。

8.国外における電監審の許容値と試験法に対する評価

 今年8月、米国のIEEE EMCシンポジウムがポートランドで開催され、芳野がGEIA G-46 委員会とC63委員会に呼ばれ、今回の我が国のPLCの検討状況の報告をおこないました。
 現在はCISPR国際会議ではPLC規格設定は長い間論議を続けてきましたがまとまらず、一昨年の上海会議で白紙に戻され、現在は再び規格作成の途上にあります。
 おりしも米国FCCは一律20dBのPLC放射レベルの低減を指示したばかりであったので、各国は日本の規格制定に大変興味を持っておりました。
 各国は全てアクセス系の規定に取り組んでおり、誰も屋内系の規制には興味を持っていなかったので、日本の屋内系に対する取り組みには驚いていた。また、LCLを16dBに決めたことは大変に高い評価をしていましたが、皆からその値でPLCが成り立つのかとの疑問が出ていました。

9.終わりに

 以上、高速電力線搬送設備規則の制定に関して、過去5年間にわたるJARLの対応の結果の概要を述べました。

 特にこの問題が政府のe-JAPAN計画に基づいて閣議決定された計画であるため、この枠の中でJARL として取りうる最低値を目指して最大の努力を致しました。その結果は、アマチュア無線のために完璧な結果には至りませんでしたが、一連の対策により無線通信には大きな妨害なく通信ができるレベルにこぎつけることができました。一方推進側にはPLC実施に対し、実用化が困難と思われる値で決着することができました。

 また、今後、混信妨害の発生については、総務省は十分な対策を取るということを再三にわたって言明しておりますことから、その対策にも道を開くことができました。

 以上概要報告を終わります。


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