森村 喬氏 (JA1LJK、ex J2JK) を偲ぶ会
戦前からアマチュア無線を続けられ、永きにわたって活躍された、JA1LKJ(exJ2KJ)森村喬氏が、2月25日突然逝去されました。ご葬儀は本人のご遺志で近親者のみで2月29日密葬として執り行われました。
その後アマチュア無線関係者の皆様より、ぜひ偲ぶ会を持ちたいとのお話しがあり、森村家とご相談した結果、6月6日(日)ご長男の森村勉氏をお迎えして、偲ぶ会を開かせて頂きました。
場所は東京・新宿の「なだ万」で、出席者は最長老のJA1AD齊藤健氏(91歳)をはじめ25名、昔話に花が咲きました。
まず発起人を代表してJA1AN原JARL会長
(写真上:左)
より会を開くに至ったいきさつなどを含め挨拶があり、次いでレインボー会を代表してJA1AA庄野久男氏
(写真上:右)
より、写真などを見せながら森村OMの思い出話があり、そしてレインボー会世話人のJP1JCK(exJ2KI)鈴木登紀男氏の献杯で会ははじまりました。
つぎにGRG(学習院ラジオグループ)のまとめ役である学習院高等科の物理の先生であるJA1OHD長瀬忠之氏
(写真下:左)
が森村OMからの手紙や資料を持参しての思い出話しがありました。そしてご子息の森村勉氏(JR東海執行役員・名古屋在住)より「父を偲んで」のお話しがありましたが、会を開いて頂いたことへの感謝や「ここにご出席の多くの方々のお名前は昔から父に聞いており、初めてお会いする気がしない」など話しがありました。
そのあとも食事をする暇もないくらい思い出話がつづきました。以下何人かのお話しの要約を記しますと、
JA2BZK岡本禎夫氏=昭和21年10−11月号 CQ誌コピーを持参され、森村さんが5〜6回執筆連載された20Wより1KWまでのアマチュア無線用送信機の設計の記事はメーカーでも一目置いたものでこれを参考にあれこれ設計されたなどのお話し。
JA1XF芳野赳夫氏(元電通大教授、JARLの技術委員会委員、電磁環境委員会(PLC対策など)委員長、GRG)
(写真上:右)
=電通大で資料館を建設中、JARLからも大量に博物館へ貴重なものを頂いた。皆様貴重な物や資料などはぜひ寄贈してください。
米田治雄氏(exJ2NG)
(写真:上中央)
=昔は整流のコンデンサー、チョークコイルがもったいないので節約し、T9はおろかT2-3くらいでキーイングした。ブーブー、バスバス、高圧もキーで直接断続するので恐ろしい。それでプライマリーKeying、100V一次側で切るのでブカブカ切れたのかどうか分からない。そのとき森村OMはT9でピーコピーコ、森村財閥にはかないませんでしたなど、10分くらい貴重なお話しをされました。
JA1AD齊藤健氏(元JARL専務理事、元無線と実験編集者など)=(誠文堂新光社のアマチュア無線ハンドブックが回覧されているのを見ながら)この筆者のお一人は森村さんで、出版社で私が50-60年前てがけたもので実に懐かしい。昔のアマチュアはみなこの本を持っていて勉強したものですと話され、私はもう90歳を越えたが、70歳だと今死ぬと家族が困るだろうな、80代になるともう死んでも子供も困るまい、90歳を過ぎるといつ死ぬか分からない、肝がすわってむしろ平然としたもので、パソコンをいじって毎日を過ごしています、とかくしゃくとしたお元気な声で話されました。
そのほかの方々からもいろいろ興味深い話しなどが約1時間半にわたってあり、終わりに、故人のご冥福を祈り、全員で黙祷を捧げ記念写真などを撮り散会しました。
(写真右端 ご子息の森村勉氏)
(de : JA1AN 原 昌 三)
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